ロードオブザワタル

横尾さんを拝み、畏敬の念を抱く、という行為が今や日々の日課となっており、これはこの数年で1日たりとも欠かしたことのない行事だ。



しかし何故私はこのようなスタイルに落ち着いたのか。


自分自身で分かっているようであまり分かっていない気もするので、ここで少し、いや、20年ぐらい前から振り返ってみようと思う。




(昨日が何曜日だったか、あの出来事は1週間前だっただろうかそれとも1ヶ月前だっただろうかなど、自分は記憶力が欠落しているのではないかと言える程なので、時系列がおかしくなっている事がたくさんあると思いますが、そこは目をつぶっていただけるとありがたいです)



私の両親は特定のグループ、歌手が好きなどは特になく、その時流行の音楽であったり、70's 80'sの洋楽を車でガンガンかけて聴く、そういう2人だったので自然とその影響を受け、何でも歌うことが好きな子に育った。
懐かしのホームビデオ映像なんかにはホイットニーヒューストンのあの名曲を「エンダァァァァァァァイヤァァァァァァ」なんて全力で歌う姿なんかも残っている。
恥ずかしいからもう誰も見ないでほしい。




2〜3歳から幼稚園、小学校低学年まではそんな感じで誰々が1番好き♡って事もなく、安室奈美恵やSPEED、宇多田ヒカル小柳ゆきMISIAといった方々を好み、聴くというよりは歌いまくっていた。今振り返ると家族には大変迷惑をかけていたと思う。申し訳なかった。




転機が訪れたのは小学校3年か4年か5年かそれぐらいだ。(アバウトすぎるが驚くほどに覚えていないのだ。)

モー娘。にハマった。

加護ちゃんが大好きだった。

あの可愛い笑顔でTV出演し、その裏でプカプカ煙草を吸っていたなんて思いもしなかったので、貯めたお年玉はどんどんとCDに消えていき、お祭りで必ず売っていたブロマイドもめちゃめちゃ買っていた。

妹は辻ちゃんが好きだったから姉妹で交換も何度もしていたが、どうしてか保田圭を2人ともめちゃくちゃ所持していた。




小学6年生の途中までひたすらモー娘。を愛でる日々を送り続けていた。
周りにはV6の岡田くんが好き!であったり、w-inds.が好き!など男の子を追いかける友達が徐々に増えつつあったが、そんな事もお構いなしに加護ちゃん可愛い加護ちゃん可愛いとずっと言ってた。


とはいえ、モー娘。ばかりではなくその当時流行りの曲もたくさん聴いていた。
休日に父と2人でレンタルショップに出かけてはCDを借りまくってMDに録音するというのも楽しみの一つだった。
父から顔の構造と音楽の好みをそっくりそのまま受け継いだ私は母と妹とは全く感覚が違い、今でもたまに非難されるのがツラい所だ。


あと、その当時に録音していた膨大な数のMDは処分すべきか迷って未だに部屋にある。
十数年前から使っているMDコンポは肝心のMD機能が完全に失われているので聞く術が無いから捨てた方が良いのだろうか。
誰か私に捨てどきを指南してほしい。




そんな生活を送っていると突然私の人生を変える一曲に出会った。
ふと聴いていたラジオから流れてきたメロディに惚れた。
歌手と曲名を聞き逃すまいと最後まで聴いた。
判明したのがEXILEというグループが歌う「We Will〜あの場所で〜」であった。

父に「この曲が気に入った!今度借りに行った時にこれも一緒にどうかレンタル願いたい」と伝え、早速一緒に行った。
それから死ぬほど聴いた。



ただ、その時はそれだけだった。




中学に入学し、その頃には自然と友達と遊ぶことがとにかく楽しくて誰が誰のことを好きだとかそういう話ばっかりするようになって、次第にモー娘。から遠のくようになっていた。


そんな時にふと見ていたMステに出ていたのが帽子の人とサングラスの人とその周りを踊っている男性達だった。


あぁ〜ホットマンの歌だねぇこれ!EXILE....ん?あのEXILE?!We Will歌ってたあのEXILE?!しかもこんな風貌だったの?!向かって左側の人、あんなに甘い歌声のくせに帽子被ってるの?!ちょっと待って、よく歌声聴き分けたらサングラスの人じゃね?向かって右側のこのサングラスの人、声甘すぎじゃね????




ガッツリとのめり込むきっかけとなったのは、いつもはレンタルだったはずのアルバムを父親が頭おかしいんじゃないかってぐらいにごっそりと大人買いしてきて、その中に混ざっていた
EXILE ENTERTAINMENTだった。

わざわざDVD付きのアルバムを買ってきてくれたおかげで、渋谷公会堂で行われたライブ映像を見る機会を得たのだ。
(ちなみにこの辺りから仲良し父娘の関係はガラガラと音を立てて崩れ始めるのでここから先はもう2度と父親の話は出てこなくなります。あっ、どうか苦い顔はせずに笑ってください。笑って流して欲しいところですここ)



この人達きっと好い人達だ!
周りで踊ってる人もいて視覚でも楽しめる!
楽曲もどれも良い!!
6人それぞれ好い人オーラ滲み出てる!!
あっ、サングラス取った!
こんな目だったんだ可愛い笑笑
そして何よりこのサングラスの人の声に心底惚れた!!!




中1だった私は、このDVDを朝シャンして髪乾かしながら見て、学校から帰ってきて即見て、夜寝る前にずっと見てを繰り返した。


もっと過去の曲を知りたくなったので、お年玉の使い道は完全にEXILEへとシフトチェンジされた。
それまでに出ていた1枚目と2枚目のアルバムを買い、PV集も買った。
シングルも全部買った。
ポスターが付いている音楽雑誌もたくさん買った。出演する番組は全部ビデオに録画した。



こうしてモー娘。から一気に遠のき、初めて男性芸能人に心惹かれ、あっさりヲタになった瞬間を迎えた中1は終わり、世間で病と言われる中2へと突入した。

私のリアル中2時代の病名は「ひたすらにEXILEの歴代のシングル曲を一曲目から机に書く病」だ。

しょうもない。

暇さえあればサングラスの人(以下ATSUSHI)の声を聴かなければ禁断症状が出てしまうような身体になってしまった中2の私は、夜寝る時もヘッドホンを付けてアルバムをかけっぱなしで寝るスタイルをとっていた。(とか言ってる割には一曲聴くか聴かないかのうちに寝るようなすやすや系学生だった)




中3の受験シーズンに突入しても
「ATSUSHIの声聴かなきゃ気が済まない病」は一向に治らず、むしろ日々悪化の一途をたどっていた。

勉強する上で、
「音楽を聴きながらだと脳の働きが半減し悪影響です」などの情報もよく聞いていたが、私の耳からEXILEの楽曲を取ってしまうと途端に集中力が切れ、その行為自体が悪影響となっていた。
それでも志望校には無事に合格したし、受験生の方がいれば、音楽聴きながら勉強したければそうした方が絶対に良いという人もいますよと声を大にして言いたい。(但しこの人病気ですからお気をつけを!)



EXILEのおかげで無事に受験勉強も乗り切り、合格発表も終え、あとは春から始まる新生活に向けて準備を進めていた最中、突然の知らせが。


二階の自分の部屋で寝ていた私は階下からの母親の

「ちょっと!!あんた!!SHUN抜けるって!!」

の言葉で飛び起きた。

えっ?!?!?!マジで?!?!?!嘘でしょ?!?!


階段をダダダダダダと駆け下りる。


本当だった。


新聞の記事をテレビが紹介していた。


その発表がされる前からSHUNは清木場名義でソロ曲も出していたし、個展のように作品をアップするHPも立ち上がっていて継続的に活動していたから、脱退と聞いて正直驚いたけど、あぁやっぱりか、やっぱりその時が来てしまったのかと思っていた自分もいた。


恐らくこの時期のEXILEファンはそう思う方も多かったのではないか。


元をたどればATSUSHIの声に惹かれてのめり込んでいった訳だけど、EXILEの世界は奥が深すぎて、SHUNの歌声も完全に私の中に刻み込まれていたから、ポッカリ空いてしまった穴は相当大きかった。
 




寂しくて寂しくてしょうがなくて、だけどグループや清木場は前に進もうとしているし、みんなで決めたことだから応援しなきゃいけないって思ったけど、だけどやっぱり今まで太陽のような存在だった彼らに置いていかれてポツンと一人取り残されてしまった、そんな気持ちになっていた。




そして始まったATSUSHIの新しい相方を決めるボーカルバトルオーディション。
途中経過などTVで取り上げられることもあったけど、注目する気分にはなれず、
「どうせ誰がなったってもうあの頃のEXILEは戻ってこないんだ。チェッ。」

完全にやさぐれていた。


TAKAHIROが新メンバーとして加入してからも相変わらずCDは買い続けていた。
ATSUSHIの声が聴けるならというただその一心で買い続けていた。


気付けばEXILEは今まで出ることのなかったバラエティー番組にも少しずつ出るようになっていた。
今まで聞くことのなかった黄色い歓声も浴びるようになっていた。


違う...これはなんだか違うぞ...


新体制になってからファンの数も格段に増えたに違いないし、それは本人たちにとってとても喜ばしいことだと思うし、何より新メンバーを大歓迎してこれから7人(後に14人、更に19人、今は果たして何名なのだろう)で頑張って行こうとしている彼らを否定だなんてそんな最低な事をするつもりは更々ないのだけれど、私は新体制という事実に適応することが出来なかった。


もちろん6人のEXILEだった頃から今現在ずっとファンだという方々もたくさんいるだろうから、言ってしまえば私のATSUSHIへの想いはその程度のものだったのだろう。



ファンと名乗る資格も無い程の気持ちでただCDを買って満足するだけの時期をダラダラと過ごし、気付けばとっくに成人していた。




ただボケ〜っとTVを見ていたら

イワナビ〜ソ〜フリ〜という曲にのせて可愛らしい踊りをしている人をCMで見つけた。



あらっ、あの真ん中の人可愛い。



ちょっと調べてみるか。(PCカチカチッ)




玉森裕太。ふむふむ珍しい名前だなぁ。
おっ、私と同じ90年生まれだktkr




キスマイって妹の口から度々聞いたことあるなぁ。ほぉ〜KAT-TUNのライブの後ろで踊ってたんだ。




濱キス....何これ面白そうポチッ

ギャッハハハハ!!粉末状のせんべい思いっきり吐いた笑笑笑笑
キリンにもベロンベロン舐められてる笑笑笑笑
玉森って人可愛いしスタイル抜群だけど、周りの仲間もなかなか面白そうだし好印象だ。



キスマイBUSAIKU....これついこの前放送されてたんだ知らなかった...あっ、こっちでは元々やってなかったのね...まぁ良いやポチッ
ギャッハハハハハハハハハハハ!!!!!!!


こっち見ないでとかジョンレノンに謝ってとか言われてる笑笑笑笑笑笑
ばっしゃーやっちゃうんぬ笑笑笑笑


ちょっと待って....久々に私、ときめいてる!!
胸が高鳴ってる!!!私、玉森くんが好き!!!



こうして2012年8月某日、私はキスマイという新たな沼へと足を踏み入れた。



しばらくは母と妹に「私はこれからキスマイを応援します」とは言えず、隠れて動画を見る日々を送っていたが、ライブDVDを見たくて仕方なくなったので遂に「ちょっとDVD買ってくるわ」とだけ告げ、帰宅しもう吹っ切れた私は堂々と家族の前で鑑賞した。


KAT-TUNヲタの妹には「あんなにエグザイルエグザイルって言ってたし、ジャニーズとは違って歌と踊り専門の集団が好きなんだとかって熱く語ってたのに」と散々文句を言われたが、何も言い返す言葉などなくただただ平謝りをしてとにかく見続けた。



そして迎えた10月某日、アイノビートのPV解禁日。ギョッ!!!!横尾さん長髪!!えっ、ちょっ、まっ、カッコイイイイイイイ!!!!!!!
よくよく見たら、全部が私の好み!!!!今まで私は何をしていたんだ!!!!!とにかくかっこいい!!!!この人だ!!!!この人になんか心奪われてる!!!!!!




いつものようにライブDVDを見ていた私は意を決して母と妹の前で本当に小さな声でこう言った。


「あの、実はこれから、この横尾さんって人のうちわを持とうと思う。」



妹「はっ?本気?!」
母「あんた何言ってんの?っていうより誰なの?」


〜完〜











これだけは言いたいので、最後に。



SHUNの脱退が決まって、ATSUSHIがSHUNに向けて作った曲の歌詞の一部に
「別れの時が近づいて なんだかちょっぴり寂しさはあるけど  君のことが好きだから 自分を一番大事にしてほしい それぞれ違う道を歩いたとしても いつかまた必ず会えるさ そう信じてるよ きっと」
とある。


先日、ATSUSHIのソロアルバムの特典としてSHUNと再びタッグを組んで発表された曲があり、正にこの歌詞が実現されているなぁと実感してとても胸が熱くなった。

初めて惹かれた時、23歳だったATSUSHIも今では35歳、自分も気付けば当時のATSUSHIより歳を重ねた25歳となった今、SHUN脱退という失意のどん底にいたあの日の私に声をかけるとすれば、

「何も無理して今に合わせようとしなくても、6人だった頃のEXILEの曲をずっと聴き続ければ良いじゃん。思い出の曲はずっと残ってあんたを元気付けてくれるんだからね!」だろうな〜なんてふと考えている。